第5回 レクチュア・コンサート

第5回のレクチュアコンサートは下記のような内容を大筋で話しながら、色々付け足して話を進め、途中で纏めて16曲を歌い、その後でここの違いなどについて話しました。

 Schumann作曲 『 詩 人 の 恋 』 について
 初版、全集、その他の資料を勘案して

バリトン: 川 村 英 司

ピアノ: 小 林 秋 恵

3月30日に成田を発ち6週間余オーストリアとドイツで図書館めぐりと会議に出てきました。楽譜の資料も調べれば調べるほどに色々な資料が出てきて編集の難しさを思い知らされた感があります。単細胞ではいけないとつくづく感じて帰国しました。

Wolfのように膨大な資料がWienのOeNBとWSLBにまとまって所蔵されていると調べる事はかなり楽ですが、Brahmsのように各地に散らばっている場合、作品カタログには紛失されたとあっても、現在再発見されている曲がどの図書館に収集されたかは現地でなければ分りませんので、出来る限り「犬も歩けば棒に当たる」の例えのように歩き回らねばなりません。Ocker先生と一緒に3日回っただけでも大きな収穫があっただけに、大変さを痛感しました。今後の研究に色々生かしたいと思っています。

今年の会議では「子供の声」と「老人の声」について研究発表がありました。この件に関してはいずれホームページに掲載したいと考えておりますが、少し時間がかかりそうです。

子供の声に関しては、日本とは全く逆で「いかに声帯に負担をかけないように育てていくか」と言う事が一番に基本のように感じました。「ハイ!元気良く歌いましょう!」と言って怒鳴らせて、音程もへったくれもない歌を歌わせるなど「言語道断」ですが、殆どの幼稚園では日常茶飯事で音程を綺麗に歌う事より怒鳴らせる事が大切のようです。質より量では困るのです。大人も勿論ですが。

「音程を綺麗に歌う事。声帯に無理をさせない事。」を考えると出来るだけ音程に幅のない曲を幼児には考えなければなりません。等など考えさせられる事が多くありました。また「老人にならない声」ではいかに正しく、無理をしないで、日常の練習を重ねるかと言う事を医者の立場から説明されたり、面白い話が盛りだくさんでした。毎年の事ですが結構勉強になります。

 


さて今回のレクチュアコンサートはSchumannの "Dichterliebe" について話と演奏をいたします。

 「こよなく美しい5月に!」"Im wunderschönen Monat Mai" とHeinrich Heineが歌の本(Buch der Lieder)の叙情的間奏曲(Lyrische Intermezzo)で歌った66篇(初版)、現在の詩集では65篇の詩より16篇を選び1840年に作曲しました。

SchumannのDichterliebe, Op.48 はドイツリートを歌っている男声歌手にとっては一度は挑戦したいと言うか、レパートリーとして何時も歌っていたい歌曲集です。僕も恐らく100回は歌っているのではないかと思います。はじめの頃には何処で誰(伴奏者)と演奏したか記していましたが、73年までは正確ではないですがある程度記しています。Werba先生は勿論の事、Mooreさん、Weissenbornさん、Parsonsさんなど色々な方と共演しています。

 叙情的間奏曲の詩集では先ず最初にPrologがあり、次に最初の詩である「こよなく美しい五月に」が続きます。4番目までの曲は詩集と同じですが以下が詩の順序です。( )内は初版の詩の順序で、[ ] 内は現代版の詩の順序です。

 

1. Im wunderschönen Monat Mai (1) 初版詩集の順序

2. Aus meinen Tränen sprießen (2)

3. Die Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (3)

4. Wenn ich in deine Augen seh" (4)

5. Ich will meine Seele tauchen (7)

6. Im Rhein, im heiligen Strome (11)

7. Ich grolle nicht (18)

8. Und wüßten's die Blumen, die kleinen (22)

9. Das ist ein Flöten und Geigen (20)

10. Hör ich das Liedchen klingen (41) [40]

11. Ein Jüngling liebt ein Mädchen (40) [39]

12. Am leuchtenden Sommermorgen (46) [45]

13. Ich hab' im Traum geweinet (56) [55]

14. Allnächtlich im Traume seh' ich dich (57) [56]

15. Aus alten Märchen winkt es hervor. (44) [43]

16. Die alten bösen Lieder. (66) [65]

 

初版の37番目の詩

 Ich kann es nicht vergessen,

Geliebtes, holdes Weib,

Daß ich dich einst besessen,

Die Seele und den Leib.

 

 Den Leib möcht ich noch haben,

Den Leib so zart und jung;

Die Seele köont Ihr begraben,

Hab' selber Seele genung.

 

 Ich will meine Seele zerschneiden,

Und hauchen die Hälfte dir ein,

Und will dich umschlingen, wir müssen

Ganz Leib und Seele seyn. が再版では削除されています。

 

多少の順序の違いはありますが、上記のように最終的にSchumannは並べました。

Schumann、その他の作曲家が作曲したDichterliebe以外の詩による良く知られた歌曲には下記の詩があります。勿論Dichterliebeの詩にFranzが幾つも作曲しています。

op.127とop.142の歌曲中のハイネの詩に作曲した各2曲は一度はSchumannがDichterliebeにと考慮した詩であるとも言われているようですが、現在の僕には確証はありません。作曲したのが晩年で1840年では無いとかいている作品目録もありますので。また最近Schumannの新しく正確な作品目録がHenleより出版されていますがまだ入手しておりませんので、触れない事にします。RobertがClaraに送ったDichterliebeのスケッチがZwickauのSchumannhausに残っており、そのコピーを貰ったので3月来探しておりますが、何処にしまってあるのかめぼしい所を探しているのですが、見つかりません。そのスケッチに何らかの手掛かりが有ると良いのですが、いずれゆっくり見ようと思い、未だに調べてなかったのが残念です。

 

Dein Angesicht so lieb und schön (5) Schumann op. 127. Nr. 2

Lehn' deine Wang' an meine Wang' (6) Schumann op. 142. Nr. 2

Auf Flügeln des Gesanges (9) Mendelssohn op.34. Nr.2

Die Lotosblumen Ängstigt (10) Schumann op. 25. Nr. 7

Aus meinen großen Schmerzen (36) R. Franz op. 5. Nr. 1

Es leuchtet meine Liebe. (47) [46] Schumann op. 127. Nr. 3

Mein Wagen rollet langsam (55) [54] Schumann op. 142. Nr. 4

Wo ich bin , mich rings umdunkelt (64) [63] H. Wolf

 

Heineの詩に作曲した人は沢山居りますので調べれば「叙情的間奏曲」の中の詩にかなり多くの人が作曲していると思います。

 

ハイネに関してはD üsseldorfのハイネ研究所に膨大な資料が所蔵されていますので、ご利用下さい。

この歌曲集を僕が始めて歌ったのはSalzburgの夏季講習でその年の5月末に戦後復活したヴィーンの国際コンクールで運良く1位優勝した後で、ドイツ人、アメリカ人、僕と3組で全16曲を歌いました。予定していた演奏会が1週間以上も早くなり、おまけに後半の5曲でしたのでテキストが沢山あり暗譜に大慌てをしたのが思い出されます。後で分った事ですが、Klagenfurt放送局主催のLiederabendシリーズ(年6回)の若手男声歌手を捜しに来ている人に合わせて早めた様でした。幸いな事に僕が選ばれて後日Klagenfurtでリサイタルをヴェルバ先生の伴奏ですることとなり、それが縁となり数回Klagenfurtで歌いました。僕にとって大変運を招き入れる曲となりました。

この歌曲集はClaraとやっとの事で裁判に勝利でき結婚する事ができるようになった年、1840年の所いわゆる「歌の年」に作曲されました。Claraにはスケッチを渡しており、ある程度の順序も考えていた事がZwickauのSchumannhausにのこっています。

ここでSchumannの詩の改作に対する一般的な見解に付いて述べたいと思います。

前回にも話しましたが「Schumannは意識的に詩の改変をし、またSchubertは思い違いでテキストを変えた。」と言われていますが、どれほどSchumannが詩を直したのか、思い違いなのか、詩その物が時代によって違っていたのかを見極めなければなりません。

一昨年になりますが、Duesseldorfのハイネ研究所でSchumannの友人がハイネの詩集 [初版](1827年版)(参考資料1)を彼に贈呈した現物を所蔵しており、調べた結果、Schumannが意識的に詩を直したと言われている部分が、Schumannが直したのではなく、ハイネ自身がその時代にはSchumannが作曲したように作詞していた事が判明しました。現在出版されている詩集(参考資料2)と1827年の詩集では違いがある事が明瞭になったわけです。15番目の曲は余りにも違いが多く、こんなにSchumannが詩を変えれるものかとかなり疑問を持っていましたが、ハイネの初版を見るまでは説に従わざるを得なかったのです。

初版を見ていない場合には、以前の僕と同じように考えているドイツ人の歌手も結構多いと思います。Ocker先生もその一人で今春5月にその話をしたら彼は驚いていました。余りに多くの変更で不思議に思っていただけに納得できて良かったと思っています。

現在はハイネの「歌の本」の初版を現在使っている活字に直してDTV(Deutscher Taschenbuch Verlag)よりBibliothek der Erstausgabenのシリーズ(参考資料3)で出版されていますので興味を持たれる方は購入してください。我々には大変有り難い事です。

では続けて歌います。 終わってから、部分的に比較してみたいと思います。質問はその後でして下さい。

楽譜は初版、全集、クララ版、ペーター版などを所有しておりますが、相違点の大きな点はあまりありません。スラーの場所が違うとか、cresc.の有る位置の違いなど自筆楽譜を見ていないので残念な事に確信を持って言う事ができません。

15番目のAus alten Märchen winkt esの99小節と103小節の言葉がSchaum(泡)とあるべき所が初版のみTraum(夢)に変わっています。何故そのようになったのか、誰が間違えたのか?最終的にはSchumannが校正刷りで見落としたのでしょうと言いたいのですが現在では結論を言う事は出来ませんが、それを踏襲したのかどうか分りませんが、Dover版では全集のリプリント版であるにもかかわらず、SchaumをTraum(初版)に直しています。不思議な事です。Dover版(USA)はリプリントが売り物の会社(悪くいうと海賊版出版社)ですが、不可解な改悪が幾つも見出されますので使用に際しては一応調べる必要があります。1ページだけ調号が違ったり、1小節にまたがる大きなフェルマータの点が消されて太い、訳の分らないスラーがあったり、色々ですので。

この15曲目の詩の初版を参考資料1として現代版を参考資料2としてお配りしていますので比較して見て下さい。これだけハイネは変えたのです。

16曲目のDie alten b ösen Liederでも初版のみが22小節でBretterをBreterとt が一つ少なく印刷されています。校正の見落としと言えるのでしょう。

また32小節では初版の詩集が 

Als wie der starke Christoph (参考資料4)

再版の詩集では

Als wie der heil'ge Christoph (参考資料5)

Schumannの初版では Als wie der starke Christoph (参考資料6)

全集とClara版では Als wie der heil'ge Christoph (参考資料7)  になっています。どちらを取るかは演奏者がどのように考えるかでしょう。ちなみに僕はその直前にst ärker sein というのがありますのでheilige の方が綺麗で、良いように思いheilige Christoph で歌っています。

 キリストを肩に乗せて川を渡った聖者がChristophですので、heilige Christoph で良いのではないでしょうか?どちらでも良いと思います。

 

 では疑問のある方はどうぞ!

「Dichterlibeの移調楽譜はどうあるべきでしょうか?Schumannの原調と平行させるべきですか?」

 移調の問題は色々ありますし、Baerenreiter/Henleの普及版では原調に平行させて移調譜を作っていますが、問題があるために付録としてもっと下げた調を加えています。Dichterlibeの場合調に関連のある6曲までは平行させるべきですが、1963,4年頃バリトンのプライさんが違う移調で歌ったLPが有り、たまたま僕がレコード評でその事に触れた時に村田武雄さんが「その事について往復書簡で話そう」と音楽の友で意見をたたかわせたことがありましたが、微妙な問題です。調性などを考えて聴く人を驚かせない範囲で、自分が歌いやすい調に移調するのが良いでしょう。

 他に質問がなかったのでお開きとなりました。

 

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